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造語として「KY」がはやった。 「空気が読めない」って意味。 では、「空気が読めない」ってことは悪いことなのか? 日本人の多くは、「空気が読めない」ってことに罪悪感がある。 それは、その場の「空気に流される」っていう危険性を忘れてしまっているからだと思う。 もちろん、「空気に流される」ことが楽だから。人と衝突しない。 でも、本当にそれでいいの?って思わされることがある。 例えばマンションの1室。 窓も開けず、その中に長くいたら息がつまる。 窓を開けて新しい空気をいれる換気をしないと空気も汚れる。 (都会では外の空気の方が汚いかもしれないけど。) 大切なのは「空気を読む」ではなくて「風を読む」ではないかと思う。 天気予報が今ほど発達していない時期、農家の方は風向きや雲の流れなどから今日の作業をどうするか。明日の備えをどうするか?って考えてきた。 「空気」とはその場の雰囲気。「空気を読む」とは、自分の考えを押し殺すこと。 自分の意見を言わない日本人に多いこと。 「空気に流される」経験は、先の戦争が一番判りやすいのでは? どなたか、海外に「空気を読めない」って言葉があるのかないのか知りませんか? きっかけの記事 石原都知事“パンダ不要論”に上野の売店怒りの声 石原さんの発言が良いか悪いかではありませんので、あしからず。 |
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世界がチベット問題に釘付けになっている最中、日本政府のパンダ要請はまるで「いかに日本人の人権意識が低いか」というニュースになりかねない、んじゃないかしら。 |
suzuran 2008/05/04 22:45 |
対中国も含め、対外的に「空気を読む」。やはり衝突が少なくて何でも進めやすいのでしょう。「あ、うん」の呼吸。これも「空気を読む」ってことでしょうね。一方は我慢する。今の日本はそうでしょうね。日本自身がCO2排出規制の「京都議定書」を満足できないのに、さらに「洞爺湖サミット」で主導権を握りたい。単に「CO2規制という空気」だけで動こうとしている一例とも思えます。日本が京都議定書を守らないと、環境先進国とは認められないっていう「風」はわからないのでしょう。政治家は感覚が鈍い高齢者ばかりってことかも。(良い表現ではないですが。感覚の鋭い高齢者の方々、ごめんなさいね。多くの政治家はもともと鈍感です。) |
一般人 2008/05/05 13:39 |
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