【目線】この言葉は怪しい?

 今、政治で「国民目線」という言葉が使われている。「国民目線」という言葉は曲者だ。
 「国民目線に立って適切に処理して行きたい。」福田総理や政府・与党の使う言葉。 この「国民目線に立って」と「適切に処理して行きたい。」の2つの言葉。直接つなげると危ない。

「国民目線に立って」について
 政府が「国民目線」を改めて使うと、これまで「国民目線」に立っていなかった。と認めていることと同じ。
 更に、「国民目線に立って」だけの表現は「国民目線」が何を問題視しているか、「問題を把握していない」と言っているに他ならない。 「国民目線」には数多くの問題がある。国民それぞれ問題の捉え方が違う。
 例えば年金問題。思いつくものを4つほど。他にもあると思う。
 ①貰える年金がもらえない。(年金記録)
 ②年金の額が少ない。(真面目に納入したのに生活できない。)
 ③年金から無駄に使われている。(社保庁の無駄使い。年金記録照合)
 ④将来に不安。(もらえるかどうか解らない。収めたくない。)
 「何を問題としているか」を明確にしないで「国民目線に立って」は「国民目線を理解していない。」とも言える。
 野党が国会答弁で「国民目線に立って」を使うときには必ず問題点がセットになっている。
 「払ったのに年金がもらえない(これまでが問題点)。国民目線にたったら、払った人が年金をもらえるように考えましょう。」

「適切に処理して行きたい。」について
 「適切」とは裏返せば具体性が無くて「案がない。」と同じ言葉。 「処理」も同じく具体性が無い。「xxxを実行」で初めて具体的。

「国民目線に立って適切に処理して行きたい。」について
 聞こえは良い言葉だが、政府・与党が使うとこういう意味になる。
 「問題点も理解してないし、解決案もないよ。」
 「国民目線と適切と処理って言葉を使えば、多くの国民は騙せるよ。」
 「世論調査と支持率だけは気になるね。」


 ちょっと、辛口でしたでしょうか?

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